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大阪地方裁判所 昭和54年(ワ)6398号 判決

原告

泉田憲二

右訴訟代理人

南野雄二

被告

八木通夫

外五名

右被告ら訴訟代理人

田中章二

主文

一  原告の主位的請求をいずれも棄却する。

二  被告らは、原告に対し、それぞれ金三九万〇、一八四円及びこれに対する昭和五六年三月二七日から右支払ずみに至るまで年五分の割合による金員を支払え。

三  原告のその余の請求をいずれも棄却する。

四  訴訟費用はこれを二分し、その一を原告の、その余を被告らの負担とする。

五  この判決の第二項は仮に執行することができる。

事実《省略》

理由

一〈省略〉

二昭和五四年四月一三日、本件建物一階東側部分から出火し、本件建物をほゞ全焼し、右により本件店舗内部もほゞ全焼し、本件店舗内の原告所有の商品、設備の全部を焼失したことは当事者間に争いがなく、〈証拠〉によれば、次の事実が認められる。

1  本件建物は粉浜商店街の一画に位置し、北側が訴外西村道具店(西村正次)と隣接している外は三方が道路に面し、一階部分は西から東へ順に本件店舗、三畳間、四畳半の間とその南側に玄関、そして板の間とその南側に炊事場となつており、二階部分は西から東へ順に五畳の板の間、四畳半の間、八畳間となつている。本件火災当時、本件建物のうち本件店舗を除く部分には亡富樫市松、亡八木ヨシ子、被告富樫善昭、同八木規比子が同居し、富樫市松は一階東端板の間で、八木ヨシ子と八木規比子は二階東端の八畳間で、富樫善昭は二階西端の五畳の部屋で起居していた。

2  火災前日の四月一二日、夕食後、右四人がそろつて一階西端の部屋でテレビを観ていたが、午後九時半頃、富樫善昭と八木規比子が富樫市松を前記板の間の木製ベッドに寝かせ、午後一〇時頃、八木ヨシ子が近くの銭湯に行つて一〇時四〇分頃帰宅して一一時頃就寝し、富樫善昭は午後一〇時三〇分頃就寝し、八木規比子は午後一一時三〇分頃、銭湯に行つて翌日〇時三〇分頃帰宅し、その際、富樫市松が起きていたのでこれを寝かせ、戸締り、消火を確認して翌日午後一時頃就寝した。

3  四月一三日、午前六時三五分頃、本件建物一階東端の板の間の中央西端附近から出火し、南側炊事場、西側四畳半の間その他の各部屋へと順次延焼して本件建物は全焼した。一階板の間で就寝していた富樫市松は八四才の高令で老衰気味であり、又放浪癖があつたため、普段から家族の者が各出入口を施錠し合鍵を隠しており、そのため本件火災が発生しても避難することができず、本件建物玄関内で焼死し、八木ヨシ子も逃げ遅れて二階ベランダで焼死した。

4  本件火災原因については、本件建物一階西端の三畳間に電気コタツ、中央の四畳半の間に石油ストーブがあつたが、いずれも火元でなく、又富樫市松のベッド内に豆炭アンカが入れられていたが、敷布の上に正常に置かれ、布製カバーの内側に焼きは認められず、アンカ内の豆炭は燃えつきて灰状となつており、これが火元ではない。そして、富樫善昭以外に喫煙者はなく、仮に同人が喫煙したとしても、出火時刻、出火場所からみてこれが出火原因とは認められず、他に漏電、放火の原因もない。右状況の下において、住之江消防署長は、本件出火は、富樫市松のなんらかの行為によるものと推察できるが、確定に至らず、結局出火原因不明と判定している。

以上の各事実が認められ、他に右認定に反する証拠はない。

三右によれば、本件店舗の賃貸人の債務は建物の焼失によつて履行不能となつたことは明らかである。被告らは、右履行不能につき賃貸人八木ヨシ子の責に帰すべき事由がない旨主張するので、以下この点につき検討するに、右にいう債務者の責に帰すべき事由とは、債務者の故意過失または信義則上これと同視すべき事由をいい、これにはいわゆる履行補助者の故意過失を含むものと解されているところ、

1 まず、被告らは、八木ヨシ子が出火場所である本件建物一階東端の板の間に居住していなかつたから、本件店舗の焼失についておよそ責任を負わない旨主張するが、〈証拠〉によれば、本件建物は八木ヨシ子の所有であること、八木ヨシ子と富樫市松はかつて夫婦であり、その間に被告富樫善昭、同富樫勤、同林雅美をもうけたが、八木ヨシ子とその前夫(死亡)の間の子である被告八木通夫、同八木規比子、同八木康子の姓の関係から便宜上、昭和二八年三月一六日協議離婚届をなしたものにすぎず、その後も事実上夫婦として本件建物に同居してきたことが認められ、右事実に前記二の認定事実によれば、八木ヨシ子は出火場所である本件建物の板の間についてもこれを管理占有していたものと認められる。しかして、賃貸にかかる本件店舗部分は右非賃貸部分からの延焼によつて焼失したものであるが、前記認定の如く本件賃貸借は一棟の木造建物の一部の賃貸であり、賃貸部分と非賃貸部分との間に特別の障壁はないのであるから、もし非賃貸部分に火災等の事故が発生した場合、通常賃貸部分に延焼する等の影響があることが予想される。従つて、賃貸人としては賃貸部分のみならず非賃貸部分についても右火災等の事故が発生しないように管理注意すべき契約上の義務があるものというべきであり、被告らの前記主張は採用することができない。

2 次に前記二の認定事実によれば、本件火災は本件建物一階東端の板の間から富樫市松の就寝中に出火したものであるところ、他に出火原因が確定できないというのであるから、右出火は富樫市松のなんらかの行為に基づくものと推認せざるを得ず、結局、右出火が富樫市松の故意又は過失に基づくものでないことを認むべき証拠はない。しかるところ、被告らは右富樫市松は債務者たる八木ヨシ子の履行補助者に該らない旨主張判旨する。ところで履行補助者とは、債務者の法定代理人、及び債務者の意思に基づいて代わつて履行をなしまたは履行に協力するすべての代理人及び補助者を含むものというべきところ、前記認定事実によれば、富樫市松は事実上八木ヨシ子と夫婦関係にあり、八木ヨシ子に生計は勿論、身辺の世話を受けている家族の一員であることが推認される。そして、賃貸人の義務は単に賃貸物を賃貸人に引渡す義務にとどまらず、これを契約の趣旨に沿つて使用収益させる義務を含むものであり、履行補助者の行為も右義務の履行にとどまらず右義務に基づいてなすべきすべての容態を含むものと解するのが相当である。そうであれば、富樫市松は賃料の徴収等の代行をしていないが、八木ヨシ子の家族の一員として八木ヨシ子の管理にかかる本件建物一階東端の板の間に居住しているのであるから、八木ヨシ子のために、または同人に代つてこれを管理しているものであり、八木ヨシ子の履行補助者と認めて妨げない。よつて、被告らの前記主張は採用することができない。しかるところ、前記認定の如く、本件建物の焼失につき八木ヨシ子の履行補助者である富樫市松に故意又は過失がなかつたものとは認められないから、本件店舗にかかる本件賃貸借契約の履行不能について、これが債務者八木ヨシ子の責に帰すべき事由に基づかないものと認めることはできない。よつて、八木ヨシ子は民法四一五条に基づいて本件賃貸借契約の履行不能によつて賃借人である原告に生じた損害を賠償すべき義務があるものというべきである。

3  被告らは、本件賃貸借契約にかかる保証金五〇万円を原告に好意的に返還したことにより、当事者間で本件履行不能につき一切の損害を請求しない旨の示談が成立した旨主張するが、これを認めるに足る証拠はなく、採用することができない。

四そこで、以下原告の損害について検討する。

1 原告は、本件履行不能に基づく損害として、本件店舗改装費、備付のレジスター、電話その他の備品及び在庫商品代を損害として主張するので、まずこれらの損害が履行不能に基づく損害の範囲に含まれるか否かについて考えてみるに、前記の如く、賃貸人は目的物を賃借判旨人に使用収益させる義務があり、修繕義務もその一つであることは疑いのないところであるが、右使用収益義務の具体的内容は当該契約の趣旨、内容によつて定められるものであり、賃貸人は右使用収益義務として当然に賃借人所有の動産類の安全管理義務を負うものではないと解するのが相当である。そこで、本件についてこれをみるに、被告らは右につき八木ヨシ子に対しその補償や損害の賠償を請求しない旨の特約があつた旨主張し、〈証拠〉によれば、「賃借家屋が天災その他火災等により焼失滅失した時は、保証金五〇万円の返還請求権は当然消滅し、借主である原告は貸主である八木ヨシ子に対しその返還を請求しないこと、借主は必ず商品並に家財道具に火災保険を附すること」なる約定がなされていることが認められる。ところで、火災保険については、焼失物件につき保険金が支払われた場合、物件所有者はその限度で加害者たる第三者に対する損害賠償請求権を喪失するが、他面、保険者が第三者に対して右損害賠償請求権を代位することになるものであるから、火災保険を附したことから直ちに物件所有者が一切の損害賠償請求権を放棄したことにはならない。しかし、右特約上の「火災」なる文言が賃貸人の責に帰すべき事由に基づく場合を除外しているものとは認められないし、賃借人に商品及び家財道具に火災保険を附する絶対的義務を課していることから考えると、右特約の文言上は必ずしも明らかではないが、右商品等については賃借人の責任においてこれを管理する旨の合意があり、万一これが焼失した場合、これが賃貸人八木ヨシ子の故意又は重過失による場合を除いて同人は免責されていたものと認められ、その他、原告が右義務を履行していないことを併せ考えると、公平の見地からみても右の如くに解するのが相当である。しかるところ、本件失火が賃貸人たる八木ヨシ子の責に帰すべからざる事由に基づくものと認めることはできないが、反面、これが同人の故意又は重過失に基づくものとも認められないから、結局、前記商品等の焼失による損害は本件履行不能に基づく損害の範囲外にあり、八木ヨシ子は右損害賠償義務を負担していないものというべきである。

よつて、原告の主位的主張は、その余の点につき判断するまでもなく理由がない。

2 そこで、予備的主張について判判旨断するに、〈証拠〉によれば、原告は本件店舗での営業が不能となつた後、やむを得ず自宅を改装して昭和五四年六月二日から従前同様雑貨品店を開店したこと、しかして、昭和五四年四月一三日から同年六月一日までの売上推定額は原告主張の如く金八五万二、九〇一円を下廻らないこと、原告の商品販売利益率は売上額の三〇パーセントであること、右店舗改装費は原告主張の如く合計金二〇八万五、二三八円であることが認められ、他に右認定に反する証拠はない。そうすると、右期間の休業損害額は、右売上推定額八五万二、九〇一円の三〇パーセントに相当する二五万五、八七〇円であると認めるのが相当であり、従つてこれと右店舗改装費二〇八万五、二三八円の合計二三四万一、一〇八円が本件債務不履行に基づく損害であるというべきであり、他に右認定を左右するに足る証拠はない。

五請求原因7の事実は当事者間に争いがないから、被告らは八木ヨシ子の相続人としてそれぞれ右損害金二三四万一、一〇八円の六分の一に当たる金三九万〇、一八四円宛の損害賠償義務を承継したものというべきである。〈以下、省略〉

(久末洋三)

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